聞き耳を持つこと、持ってもらうこと

思い当たったのは幼少期から学生時代まで、父親から受けたお説教でした。
父親のお説教は理不尽なことも多く・・・。

例えば眉を剃っただろうと言われ、本当に剃ってなかったので『やってない』と言ったらウソつき呼ばわり。
テレビを見ている人がいないと確認してからテレビを消したのに、『なんで見てるのに消しやがったんだ』と言われ。
そこから1時間くらいお説教が始まるわけです。

その間は私はひたすら父親の持論を浴びせられ、自分の意見を言うことなどまったく許されませんでした。

『なんだその何か言いたげな顔は。言ってみろよ。ぶん殴って黙らせるけどな』

こう言われてしまっては、言うものも言えません。
お説教は父親の気が済むまで続きます。
大人の誰も止めに入ってくれませんでした。

多分この時の『言いたくても言えない』ストレスを今でも引きずってるんしょう。
それは逆に『言える時に持論をノンストップで言ってしまう』衝動にも繋がってる気がします。

最近読んでた『嫌われる勇気』のアドラー心理学ではトラウマは存在せず、全部目的があって行っているものだと書いてあったので、目的についても考えました。

私はこのストレスを必要としている。
だからいまでも引きずって、うまい具合に利用している。
それは何故なのか。

語彙力の無い自分の言い訳を作るため。

です。
ちゃんと聞いてもらえたら伝わるはずなのに。
聞いてくれないから伝わらないじゃんか。
と、当時の嫌な思い出をいいように利用して、自分の日本語の下手さに真摯に向き合ってきませんでした。

『日本語出来なくてw』なんてネタにはしているものの、改善しようとしてきた記憶がありません(苦笑)

その目的を解消するためにも、過去に囚われっぱなしにならないためにも、【言葉にする力】と【伝える力】を身につけていきたいと思います。

とりあえず【語彙力】と【情報収集】の意味もかねて『新聞を読もう!』と思いつき、今朝方茨城新聞の定期購読に申し込みましたw
思い立ったが吉日!
慣れてきたら全国紙や経済紙デビューもしたいなぁ♪

今回の自己分析、最初はいわば『ダメージを受ける側』としての面から分析していたのですが、同時に『ダメージを与える側』としての面も浮き彫りになってきました。

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